うつ本。

うつ当事者のためのブックガイド

行人 夏目漱石

考えすぎることは悪か?

漱石のフラットで乾いた文体は、いつ読んでも100年前に書かれたとは思えない。若干の「てにをは」や言い回しの癖をこちらの頭にインストールしさえすれば、昨日書かれたものとしても通じそうなくらいでただただ驚くわけだけど、文体だけでなく問題意識も現代に通じる、というか人間の普遍的な問題を扱っているのだと思う。結局のところひとことで言うと「目が開かれたことによる苦しみ」がテーマだと思うけど、「行人」では漱石の分身である兄さん(一郎)の苦しみが自分(二郎)という視点人物の行動に影響を与える、その可能性が描かれている。そこには現代社会の中で苦しむ「考えすぎちゃう人」に「あなたたちは間違っていない」と励ますものがあると思う。

 

作中、取りたてて美しいシーンというのはほとんどない(それが漱石の文体が容易に古びない要因でもある)けれど、最終盤の次のシーンには心打たれた。地味だけど。

 

 その時二人の頭の上で、ピアノの音が不意に起こりました。其処は砂浜から一間の高さに、石垣を規則正しく積み上げた一構で、庭から浜へじかに通えるためでしょう、石垣の端には階段が筋違に庭先まで刻み上げてありました。私はその石段を上りました。
 庭には家を洩れる電燈の光が、線のように落ちていました。その弱い光で照らされていた地面は一体の芝生でした。花もあちこちに咲いているようでしたが、これは暗い上に広い庭なので判然(はっきり)とは分りませんでした。ピアノの音は正面に見える洋館の、明るく照された一室から出るようでした。
「西洋人の別荘だね」
「そうだろう」

夏目漱石「行人」

 

兄さんの苦しみに長く付き合ってきた読者は、ここで、ずっと立ち込めていた暗く重い雲がすっと引くような爽やかさを感じるのではないか。そして、神経衰弱で寝られないことに苦しんでいた兄さんがぐうぐう眠るラストシーンに安堵する。

 

よく寝られることはいいことだよね。

 

行人 (新潮文庫)

行人 (新潮文庫)