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「聴く」ことの力 臨床哲学試論 鷲田清一(読了)

自分の中のテーマの一つに「対話」というのがあって、その問題意識から手に取ったのがこの『「聴く」ことの力 臨床哲学試論』です。すごくいい本だった。おすすめ。

 

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筆者のいう臨床哲学というのは簡単にいうと、象牙の塔にこもって失力した哲学を本来の人の間という場に引き戻そうという試みで、本書もその思想に則って書かれているため、非常に親しみやすいものとなっています(難しい漢字は結構出てくるけど)。

 

特に最終章で思考が加速していき、それまでバラバラぼんやりと弱く緩くつながっていた思索が強く像を結ぶのは考える読書の醍醐味と言えます。思索の結果としての内容にはもちろん納得し、新しい知見を与えてくれるものですが、こういう本はそのプロセスというか、ことばの歩みをともにするという態度が必要であり、筆者のいう「反方法の道」「散策の道」に身を委ねることがまさにそれです。

 

さて、「聴く」ことの力とは、ここでは、他者を迎え入れるというホスピタリティの力のことですが、それは個人が個人であることを取り戻す力であり、それは双方向的なものだと筆者は言います。

 

 そうだとすると、ホスピタリティこそが個のかけがえのなさ、つまりは特異性(=根源的な単数生singularithy)を支えるということになる。そしてこの迎え入れられた個のかけがえのなさが、迎える個のかけがえのなさを支えるということになる。迎えるものが迎えの中で迎えられる者となるのだ。(p.232

 

 

このように、聴く側にも聴かれる側にも個を取り戻す力が、聴くことにはある、ということです。

 

現代社会に生きる私たちにとって、個人のかけがえのなさというのはほとんど失われてしまっていると考えていいわけですが、そうした状況が私たちの心を確実に蝕んでいる。本書やあとがきの中では阪神淡路大震災東日本大震災、また終末期医療やその他の医療に関わる看護、介護などのケアの現場における聴くこと、あるいはホスピタリティのもつ役割が取り上げられていますが、もっと私たちの身近に引きつけて、日々を生きることに対する自分で自分に対するケアに関しても、同じことが言えるのではないでしょうか。

 

また時間が経って読み返したい本のひとつです。