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通話 ロベルト・ボラーニョ(読書中その2)

先日読み始めたロベルト・ボラーニョの「通話」ですが、目次で紹介したとおり全体が3つの部分にわかれています。

 

1 通話

2 刑事たち

3 アン・ムーアの人生

 

わざわざ3つのサブタイトルの元に各短編を置いているということは、つまり、各短編がバラバラに独立して存在しているというわけではなく、それぞれのセクションごとに何らかの繋がりがある、と考えることができるわけです。 

ここでは「1 通話」5つの短編を通底するものについて考えたいと思います。

 

手紙、電話、届かない声

「1 通話」の5つの短編をとおして読んだとき、すぐに気がつくのは、それぞれの挿話(それぞれの短編は長さも短く、それぞれが「誰か」を巡った一つの挿話と考えることができる)が、一貫して、「メッセージが届かない」ということを語っているということです。

 

「センシニ」

「僕」はセンシニの電話番号を知らないために電話をかけることができないし、その後故郷に戻ったセンシニから手紙は届かなくなり、「僕」からの手紙も「転居先不明のスタンプを押されて」返送される。

 

「アンリ・シモン・ルプランス」

レジスタンス活動に精を出すも透明人間のように誰にも相手をされないルプランスを、ただひとり理解する「若い女性小説家」は、彼との別れののち、「自分は彼に恋をしたのだと独り言をつぶや」き、「二人は二度と会うことはない」。

 

エンリケマルティン

5作の中で最も印象深いこの作品では、夢想家の詩人エンリケは「僕」に暗号付きの手紙を送るも、「僕」はそれを相手にしない。エンリケが自殺したのち、「僕」はエンリケの元同棲相手に電話で連絡を取るが、彼女は電話口で黙り込み、「僕は電話の調子がおかしくなったのではないかと思」い、しばらく話したのち、「小銭が切れてしまって(略)、通話が途切れた」。

 

文学の冒険

駆け出し作家である「B」は売れっ子作家である「A」に電話をかけるが、「最初のうちは、いくらかけても留守番電話の音しかしない」。電話が繋がったあとも、Aの奥さんが出て代わってもらえず、電話を切られる。

 

ナイトテーブルかソファの上に置いていったのか、あるいはキッチンの壁掛け電話からぶら下がったままなのか、彼女が手を放した受話器の向こうから声が聞こえる。聞き取りにくいが男の声と女の声で、どうやらAと彼の若い妻の声だなとBは思うが、やがてそこに第三の声、Aよりもっと低い男の声が混じってくる。(略)しばらく待っていると、というか不安を覚えながらBが受話器に耳を当てていると、誰かが、おそらくAが大声で叫ぶ。そして突然静かになり、Bはまるで見えない女に蝋で耳をふさがれたような気がする。そのあと(五セペタ硬貨を何枚も費やしたあと)、誰かが受話器を、そっと優しく置く。(「文学の冒険」)

 

このように、手紙や電話によるコミュニケーションの断絶が通底したテーマとなっています。

 

コミュニケーションの断絶の先にあるものは

そして表題作(このセクションだけでなく短編集の表題作でもある)の「通話」では、電話口でのコミュニケーションの断絶がひとつの気づきと「死」をもたらします。

 

ある夜、「B」は昔振られた女性「X」に、ふと電話し、それがきっかけでまた会うことになります。

 

 ある夜、何もすることがないBは、Xに二回電話をかけたのちにようやくつながる。(「通話」)

 

BはXの住む町に会いに行き、精神的に参っている彼女の面倒を見ます。けれども結局Xに追い出され、自分の住む町に帰ります。帰った日の夜、BはまたXに電話をかける。その次の夜も。

 

Xの態度はだんだん冷たくなり、まるで電話をかけるたびにBが時のかなたへ遠ざかっていくかのようである。僕は消えつつある、とBは考える。彼女は僕を消しつつある、自分がしていることも、なぜそうしているかも分かっているのだ。(「通話」)

 

BはXに拒絶されます。

そして半年後、またBはXに電話します。

 

 半年後のある夜、BはXに電話する。XにはBの声がすぐには分からない。ああ、あなたなの、とXは言う。Xの冷淡さに、Bは背筋が冷たくなる。(略)元気かい? とBは尋ねる。最近どうしてるの? とBは言う。Xはそっけない返事をしたあとすぐ電話を切る。(「通話」)

 

このように、Bはこれまでの4作と同様にコミュニケーションを閉ざされます。しかし彼はここでこれまでの4作では見られなかった行動に出ます。

 

Bは困惑し、もう一度Xの番号をダイヤルする。電話はつながるが、今度は黙っていることにする。電話の向こうでXの声がする。はい、どちらさまですか? 沈黙。それから彼女が、もしもし、と言い、そして黙り込む。時間ーーBとXを遠く隔てる時間、Bには理解できない時間ーーが電話越しに流れ、圧縮され、引き伸ばされ、その性質の一端をのぞかせる。Bは知らぬ間に泣き出している。彼は知っている。無言電話をかけてきたのが自分だとXが知っていることを。そのあと、彼はそっと電話を置く。(「通話」)

 

このように、彼は無言電話という手段で自らメッセージを閉ざすことにより、自分から電話を切る側に回ります。

それは何をもたらすのか。

 ある日Xは殺され、警官がBを連行します。

 Bの無実は晴れ、彼はXの兄と会います。

 

BはXに一度無言電話をかけたことがあると告げる。ひどいことするな、とXの兄が言う。一度きりなんです、とBは言う。でもそのとき、Xによくそういう電話がかかってきているんだと気づいたんです。それで、彼女はいつもかけてくるのが僕だと思ったんです。分かります? じゃあ、その無言電話の男が犯人なのか? とXの兄が尋ねる。そのとおりです、とBは言う。そして、Xはそれが僕だと思っていたんです。(「通話」)

 

Bの無言電話という行為はさらなるディスコミュニケーションを生み、それは取り返しのつかないことに発展したわけです。

 

このように取り返しのつかない形で断絶してしまったコミュニケーションは回復させることができるのか、はたまた全く別のテーマが出てくるのか。

 

「2 刑事たち」以降が楽しみです。

 

[改訳]通話 (ボラーニョ・コレクション)

[改訳]通話 (ボラーニョ・コレクション)